「夢十夜」(夏目漱石)①

作品の深奥に、漱石が何かを潜ませている

「夢十夜」(夏目漱石)
(「文鳥・夢十夜」)新潮文庫

死ぬ間際の女の枕元に
座っている「自分」は、
その女から「百年待っていてくれ」と
頼まれる。
「自分」は彼女の体を、
真珠貝で掘った穴の中に埋めた。
そして女の墓の横で
「自分」は待ち続けた。
「騙されたのでは」と
「自分」は疑い始める…。

十篇の掌篇作品の集合であり、
すべて夢を題材にした作品ばかりです。
従って筋書きというべきものもなく、
脈絡のない事柄が
繋がっていくばかりです。
まるで幻想小説集とでも
言い表すのが妥当と思われる、
不可解な作品なのです。
しかし、漱石ほどの文豪が、
何の意味も無く、
見た夢を羅列して発表するはずは
ありません。

本作品の発表は1908年7月です。
同年6月には
「文鳥」を発表していますが、
こちらはまるで
八つ当たりの手紙のような作品です。
その姿の裏側に、
かつて恋慕の情を抱いた
女性の死への切ない思いを、
漱石は隠すように織り込んでいます。
その一ヶ月後に発表された本作が、
表面をなぞって味わうだけの作品には、
どうしても思えないのです。

本作は、
全くの創作ではないにせよ、
見た夢をデフォルメしたか、
もしくは夢を都合よく繋ぎ合わせたか、
ではないかと思われます。
そしてその出鱈目な展開に見える
作品の深奥に、
漱石が何かを包み込んで
潜ませていると考えるべきなのかも
知れません。

十篇とも、扱っているのは「死」です。
短絡的すぎるかも知れませんが、
そこに漱石の心中の不安や苦悩、
恐怖や空虚感が
表出しているとも考えられます。
事実、漱石の「生」は、
その段階であと八年しか
残されていなかったのですから。

まあ、本作品の研究が専門家の間で
盛んになっているそうですので、
詳しいことはそちらに
まかせた方がいいのかも知れません。
私たちは十分作品を楽しみましょう。

冒頭に掲げたのは
「第一夜」の粗筋(らしきもの)です。
騙されたのではと疑いかけた瞬間、
墓石の下から茎が伸び、
「自分」の眼前で
真っ白な百合の花を咲かせます。
「自分」はその花びらに接吻し、
「百年はもう来ていたんだな、
 とこの時始めて気が付いた」

私の一番好きな一篇です。

高校生にぜひ薦めたい作品です。
「漱石の長編、中編小説はちょっと」
という向きに、ぜひ本作品から
入ることを薦めたいのです。

※ちなみに第二夜以降の
 内容をかいつまんで。
第二夜
「悟り」にとらわれるあまり
煩悩に苛まれる侍の夢
第三夜
子ども(原罪)を背負い、
雨(闇)の中を歩く夢
第四夜
言葉通りにどこまでも真っ直ぐ、
そして死に向かって歩いた翁の夢
第五夜
死ぬ間際の逢瀬を妨げられ、
遺恨を抱く武将の夢
第六夜
仏師運慶の姿に見せられ、
仁王を彫ろうとする男の夢
第七夜
行く先不明の船上で
死の不安と恐怖を感じる男の夢
第八夜
床屋で鏡越しに見た
不思議な金魚売りの夢
第九夜
夫が死んだのも知らず
お百度参りする悲しい女の夢
第十夜
女の言葉に翻弄され、
大嫌いな豚に追い詰められる男の夢

(2019.1.10)

【青空文庫】
「夢十夜」(夏目漱石)

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